結論+おまけ
私は、所謂軍法を否定している訳では無い。
彼方の言う様に、軍法は軍を維持するには必要不可欠だ。
然しそれを、平時の市民法と同じに考えるのは、間違っている。
公平性より柔軟な運用と解釈が求められるのが軍法なのだ。
上で古代ローマの話が出たけれど、
私見だか、歴史上最もシビリアンコントロールが徹底していたのは、
共和制時代のローマ軍であろうと思う、何しろ兵卒から将帥たる執政官まで
政治的決定権を持つローマ市民なのだから、
だが其のローマでさえ戦地に国内の法を、厳密に適用したりはしなかった。
現地の執政官に裁量と権限を与え戦略に自由度を持たせた、其れが勝利への必須条件と解っていたし、
本国の論理が戦地で通用しない事も解っていたからだ、
政治決断としては、とても勇気が必要だが非常に合理的な選択と思う。
しかし戦が終わり帰還した軍には、厳格に法を適応した。
敗将の責任を問わない等、その一例だろう。
世論の吊るし上げはあったとしても背信行為等が無い場合、公式に責任を問われることはなかった。
敗戦の責任を突き詰めれば、
無能な人物を将帥に選んだのは元老院であり、その元老院を選んだのは市民だからだ。
故に上記論理に基づいて造られた法を尊重し、他国の様に有無を言わさず殺す事はしなかった。
又、執政官が軍を率いたままローマに入城する事を、法により厳密に禁じており、
クーデターなどを未然に防ぐ事も徹底していた、
軍を率いたままローマに戻るのは、国家に対する明確な反逆行為とされたのだ。
故にカエサルは、ルビコンの河辺で苦悩したのである。
戦地で三年〜五年戦った兵士と本国の民衆では、同じ市民とはいえ法に対する価値観が乖離するのは否めない
非日常が日常に入り込む危険を当時の人々は、解っていたのだろう。
賢明なるローマ人は法と言う物の本質を良く理解しており、平時と戦時の切り分けを心得ていたのかもしれない。
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